【奥宮開社のお知らせ】
今年もいよいよ4月29日(水)より、奥宮への参拝が可能となります。

お時間のある方は、どうぞご参拝下さい。

又、今年度より富士山世界遺産登録をはじめとした諸事情により、手水や“御神水”や“清めの塩”といった一部授与品は奥宮にはございません。
先ずは本宮にて手水を済ませ、奥宮にある授与品等をご確認戴いた後、奥宮へ向かわれれば二度手間にならないと存じます。

尚、奥宮は鎮座地が富士山二合目となり、気温がかなり低いので、来社される際には普段より厚着をされる事をお勧め致します。


宮司 堀内正一 禰宜 濱 武尊
日本一の金運神社 新屋山神社 について
今、富士五湖周辺で密かなブームになっている場所がある。その名もズバリ「金運神社(新屋山神社奥宮)富士山2合目」。

事の起こりは、船井総研の船井幸雄氏が「お金に困りたくなかったら富士山のこの神社に行くと良い」というお話から。船井総研といえばコンサルティング会社として上場もしているあの船井総研。その創業者の発言だから、株とか会社運営に興味がある人には天の声にも等しいようだ。
船井幸雄氏は、「イヤシロチ」と呼ばれる地域探訪に勢力を使っている。
「イヤシロチ」とは、地磁気があるレベル以上あり、マイナスイオンが多い場所だそうで、ハイレベルエネルギーに溢れ、何か素晴らしいことが起こる場所。
船井氏によれば、日本のイヤシロチには3つの大きなラインがあるそうで、白山と剣山、白山と富士山、剣山と富士山を結んだライン。このラインの延長線に屋久島や宮古島、弊立宮や皇居がある。
これらは最近ブームになっている「レイライン(Ley Line)」に関係しており、船井幸雄氏解釈のイヤシロチ・レイ・ラインで、金運エネルギーに満ちた場所にある神社ということだろう。

さて能書きが長くなったが、そもそもこの金運神社、正式には新屋山神社の奥宮で、富士山2合目に位置している。新屋山神社は地元職人の崇拝対象で、刃物を使用する職人さんが良く訪れている。
新屋山神社は富士吉田市の北口浅間神社近くにあり、主祭神は大山津見神(おおやまつみのかみ)、他の祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)・木花開耶姫命(このはなのさくやひめのみこと)。明治の大合祀で一緒になったか?敷地内には小御岳杜(祭神、石長比売〔いわながひめ〕富士山五合目)もある。
毎月1日と17日は例祭があり、神官からお祓いを受ける事が出来る。また、毎年10月17日10:00〜例祭があり、商売繁盛の神として地元で信仰されている。



日本一の金運神社 新屋山神社  〒403-0006 山梨県富士吉田市新屋神社河原1230  電話・FAX:0555-24-0932

  日本一の金運神社「新屋 山神社」

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日本一の金運神社 富士山 山神社「新屋山神社」
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日本一の金運神社新屋神社の創建は、後奈良天皇ご在位の天文3年(1534年)10月17日と記録されています。もともと富士山は古くから日本人の信仰の対象とされ、修験道を始め、一般の富士講など霊験灼(あらた)かな、願い事成就を目的とする登山が盛んに行われてきました。明治23年(西暦1890年)に本殿の造営を行い、昭和に入るといよいよ信仰の熱は強まり、本殿の再建が行われ、末社、浅間社、大神社を合祀するに至りました。昭和48年に拝殿を造営し、今日に至ります。
日本一の金運神社新屋山神社では、社殿に入ると最初に御祓を受けます。その後、奥へと進み、玉串を受け取ります。この時、特に玉串料等はありませんが、参拝者の志しを奉納することができます。玉串を受け取った後、通常、神職しか座ることができない祝詞台に、一般の参拝者も座ってお参りすることができます。ここで神殿に玉串を差し出して、お参りを致します。祝詞台に座ることは他の神社では許されてはいませんが、新屋山神社では参拝者が少しでも神様のお近くに進まれてお参りができるようにと考えております。
日本一の金運神社祭神:大山祇大神(おおやまつみのおおかみ)
祭神:天照大御神(あまてらすおおみかみ)
祭神:木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)

大山祇大神は、伊邪那伎命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)が国生みを終えた後に生んだ国津神の神々のうちの一神です。神名は「大いなる山の神」という意味で、大山を司る神、日本の山の神の総元締の山神を表します。悠久幾千年、国土、国民、ー切生業の守講神(山神)として、植林、農牧、漁猟、商エ、土木、建築、海陸交通運輸、その他あらゆる殖産興業の道を授け、人間生活(衣食住)の根源を開拓された親神であリ、地神・海神兼備の神として全国壱萬余社に祀られて信仰が篤い神様です。
天照大御神は、太陽神を神格化した神で、皇室の祖神(皇祖神)のひとつとされ自然神として祀られています。
木花開耶姫命は、大山祇大神の娘で、木の花が咲くように美しい女性の意をもちます。父の大山祇大神は各地の山を統括する神で、その父から日本一の秀峰富士山を譲られ、この山に鎮座して東日本一帯を守護することになリました。
日本一の金運神社
日本一の金運神社祭神:磐長姫命(いわながひめのみこと)
磐長姫命は、大山祇神の娘で木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)の姉に当たります。「いわなが」すなわち岩の永遠性を表すもので、石(岩)がイワを名前に含んだ女性に変化しています。このことから不老長寿の神として信仰されてきました。
日本一の金運神社祭神:倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
祭神:保食命(うけもちのみこと)
「稲荷」とは老翁が農作業をして、稲を荷う姿が連想されますが、元々は稲の生命カ、生成発展、産霊の信仰が根底にあり、<稲成リ>、<稲生り>のことで、稲魂信仰に由来します。近世以降は商売繁盛、殖産興業の神、さらには三陸海岸地方では漁業神へと変化しているのは「稲」の生命力の発展形態であリ、その祖型は稲作儀礼耕信仰に基づいているものです。倉稲魂命は、須佐之男命(すさのうのみこと)と神大市比売命(かむおおいちひめのみこと)との間に生まれた子どもで、名前の「うか」は穀物・食物の意味で、穀物の神であり、稲荷神(お稲荷さん)として広く信仰されています。穀物の神としてだけでなく、農耕の神、商エ業の神としても信仰されています。
保食命は、食物の神とされ、「頭から牛馬が生まれた」ということから牛や馬の神ともされています。
日本一の金運神社祭神:伊邪那伎命(いざなぎのみこと)
祭神:伊邪那美命(いざなみのみこと)
伊邪那岐命、伊邪那美命の両神がお祀られています。天地開闘(てんちかいびゃく)において神世七代の最後に伊邪那伎命、伊邪那美命はともにお生まれになり、国産み・神産みの儀式によつて日本国土(淡路島を筆頭に本州・四国・九州等の島々)を形づくり、多数の神々をもうけました。この神域に生えるニ本の夫婦木は離れることのないまぐあいの儀式を行っておリ、この社にお参リすれば緑結び、夫婦和合、子授け、子孫繁栄のご利益があるとされています。
日本一の金運神社恵毘寿社祭神:事代主命(ことしろぬしのみこと)
大國社祭神:大國主命(おおくにぬしのみこと)
事代主命は、大国主命の子どもで、名前の「コ卜シロ」は「言知る」の意で、託宣を司る神であります。富士の山神とともに十の島を生み、国譲り神話において釣りをしていたことから、恵比寿は古くは豊漁の神で、後に七福神のー人として、生業を守り、福をもたらす神としてお祀りされてきました。
大国主命国、造りの神、農業神、商業神、医療神などとして信仰されています。「大国」はダイコクとも読めることから、同じ音である大黒天(大黒様)と習合して民間信仰に浸透しています。
本宮の拝殿に安置されている「お伺いの石」は、お伺いしたことが、良い結果になる場合には石の重さが軽くなるといわれています。まず、お伺い石に向かって、ご挨拶をした後、石を持ち上けます。その石の重さをよく覚えておいた後、お伺い石に額をつけて、石の両斜面を撫ぜながらお伺いします。その後、石を持ち上けます。すると良い結果となる場合には石は軽くなります。石を置いた後、お礼をし、石を持ち上げると最初の重さに戻ります。 日本一の金運神社
日本一の金運神社
日本一の金運神社
日本一の金運神社霊峰富士の神山のニ合目(標高1,700m)、通称「へだの辻」と呼ばれる堤所に鎮座されています。霊験灼かにして不思議に所願が成就し、神徳顕著をもつと往古から知られ、近年では日本全国、遠方より数多くの崇敬者が参拝に訪れています。この奥宮を賞して別名「金運神社」ともいわれています。お参りの順序は、本宮を向いている最も古い社にお参りした後、烏居の鈴を鳴らして烏居を潜った場所の社にお参りします。
日本一の金運神社社の後ろ横の林の中にある環帯状に置かれている石組(ストーンサークル)は、大変霊力が強い神域とされています。社に向かい手を合わせると、自然と富士山にも向かうかたちになります。このストーンサークルを時計回りに三周回った後、社に向かって手を合わせ、お参りすると願い事が叶うとされています。
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